唐津の豊かな自然環境を形成する松浦川
松浦川は唐津湾に注ぐ、主流の延長約47kmの、佐賀県下第一の川です。河口部は玄海国定公園に含まれ、流域は黒髮山県立自然公園、八幡岳県立自然公園、天山県立自然公園などに囲まれ、アカマツ林や常緑針葉樹林が広く分布して、田園風景と調和した豊かな自然環境を有しています。
松浦川と唐津の歴史
慶長年間(1596~1615年)、唐津藩主の寺沢志摩守広高が大治水事業を興して、 橋本辺りで両川を合流させ、河口まで堤防を築いて現在の松浦川の川筋になりました。
目的は唐津城の防御のためでしたが、併せて舟運を開き、新田を開く結果ともなりました。
鬼塚や和多田の新開新田、大渡新田、鏡の塩屋新田、新開新田はこのとき造成されたものでした。
松浦川は上流は流れが急である反面、河口一帯は低地で、満潮時は水面以下の地が多く、しばしば洪水に見舞われました。そのため、江戸時代以来、近年まで営々と治水事業が進められてきました。
松浦川と石炭
松浦川流域には唐津炭田がありました。享保年間 (1716~36年)に農民が露頭を発見してから採炭が始まったといわれていますが、拙られた石炭は松浦川筋に上場を設けて積み込まれ、川舟によって唐津城下に運ばれました。
そのため、松浦川と主な支流は年2回、川浚えが行われ、 石炭のほか年貢米その他の物資の運送に活用されたのです。
本流は駒鵈の石坂上場(現伊万里市)、厳木川は鷹取土場(現相知町)、波多川は行合野土場(現北波多)まで川舟が上ったといわれています。
幕末のころ石炭の搬出が増えるとともに多くの上場が設けられ、鉄道が敷設されるまで活況を呈していました。
現在の松浦川
松浦川の水はまた農業用水、上水道用水、発電用水など幅広く利用され、自然環境の形成また産業の大動脈として、昔も今も、人びとの暮らしに大きな役割を果たしています。
また松浦川沿いの遊歩道は、ペットの散歩や健康のためのウォーキングなどをする方に親しまれています。唐津城も見渡せる気持ちのよい遊歩道です。